改憲議論4 自主憲法制定説(押し付け憲法論) 後編

憲法概論
01 /17 2020
 日本国憲法が、第二次世界大戦(太平洋戦争)敗戦後、連合国の占領統治下において米国主導で制憲された憲法であることは疑いようのない史実である。従って、「日本国憲法は連合国による押しつけ憲法である」という主張はある一面正鵠を射ていると評価することができる。また、大日本帝国憲法からの改憲の体をとってはいるが、主権者の交代という核心的事項の変更を伴うので、日本国憲法は事実上、外国の主導により新規に制憲された憲法であるというのは大過ない事実である。

 それでは、「日本国憲法は連合国(主として米国)によって押し付けられた」というとき、我々日本民族は果たして何を押し付けられたのであろうか。

 こう問うとき、大凡の場合、「押し付けられたのは他でもない9条であり、それによって我々は永遠に牙を抜かれた」という答えが返ってくる。しかし、その認識は本当に正しいのであろうか。
 結論から先に述べれば、その認識は明確に誤りである。日本国憲法が連合国による押しつけであるという事実を是認するとしても、押し付けられた内容は9条の戦争放棄ではない。これについては、ここで事詳細に述べるよりも、当時の日本側の制憲者の独白に耳を傾ける方が有意義である。9条第2項に、以降現在まで終わることのない解釈に係る禍根を残す一文を差し挟んだ芦田均の『制定の立場で省みる日本国憲法入門 第一集』(書肆心水)を読めば、制憲の経緯と日本の立場は自ずから明らかになる。

 当時の連合国(特に日本の占領政策の責を負っていた米国)が、日本を天皇制から共和制に移行することを強く志向していた一方、日本側の核心的関心事は天皇制の護持にあった。故に、幣原喜重郎首相はじめ芦田均らわが国の首脳陣は、共和制への移行を押しとどめて天皇制を維持することに心血を注いだのである。そして、首相幣原がGHQに提案したのが、戦力不保持と国の交戦権否認を核とする9条の絶対平和主義であった。すなわち、9条は1条(天皇の地位)死守の為の交換条件であり、1条無ければ9条は要らず、9条無くして1条は存在し得なかった。このように、9条は、天皇制存続を連合国に容認させるための日本側の切り札だったのであり、両者は裏腹の関係を成していることを我々は知らねばならない。9条は、敗戦後の占領下という圧倒的に不利な地位的状況において、日本民族の根本とも評すべき皇統という価値を死守するために当時の首脳陣が到達した叡智の結晶であった。故に、愛国者を自称する者は、「9条を除き、歯牙を取り戻すことこそ日本を愛国する者の責務である」等とは、決して口にしてはならないのである。

 当時、日本側から9条を提案することがなければ、GHQは日本における民主化の一環として共和制への移行を強権的に推し進め、天皇制廃止に舵を切ったであろうことは想像に難くない。この歴史的経緯に鑑みれば、9条こそが、脈々と続く日本の皇統を外国勢力の侵攻から護持した要であることを我々は確知することができる。従って、愛国という点に立脚していうなれば、9条改憲を唱える者こそ、わが国の内に巣食う獅子身中の虫というべきなのである。

 ただ、あらゆる場面において例外なく一切の戦力不保持と交戦権否認を貫徹するのであれば、不測の事態に際し、自衛すらままならぬ状況に陥るであろうことを憂慮した芦田均は、一抹の解釈の余地を残すべく、9条2項冒頭に、「前項の目的を達するため」というかの一文を差し挟むに至った。首相幣原の英断と、芦田の機智が相まって、わが国は天皇制護持と最低限度の自衛権確保との両立という難題の解決を終に成し得、以後、戦後スキームといわれる国際的枠組みにおいて、彼らの構築したこの憲法的構造が、わが国に70年を超える平和を齎したことは、今を生きる誰もが知るところである。

 こうした制憲の経緯を知れば、9条の迂闊な改憲がいかに危険であるかを知ることができる。国際法(国際連合憲章)上、わが国はいまだに旧敵国であり、特に実質的な世界の統治者である五大国の特定の国とわが国とは、直截的に利益相反の関係にある。そして、統一的な法的枠組み及び意思形成の仕組みを欠く国際平面においては、ある国家の行動の意味をどのように解釈するかは、詰まる所解釈を為す側の思惑次第であり、特に、総会決議さえ反故にできる五大国は、ほぼ思うままに事態を解釈し得る権能を持つのである。

 このような国際社会の状況においてわが国が9条改憲に進むとき、五大国のある国が、「9条を改憲するのであれば、それは連合国が日本に天皇制を残すことを許容した基礎を失わせることになるから、平和主義なき天皇制の維持は大日本帝国への回帰である」と曲解することを妨げないのである。そして、もし仮に、五大国によってこのような烙印を押されてしまえば、今なお旧敵国の地位に押しとどめられているわが国は、他国に対するよりも遥かに容易な手続きによって国際社会の敵と看做され制裁を被ることになるのである。

 1条ある限り9条は欠けず、9条無くして1条は存続し得ない。9条は天皇制護持の切り札として当時のわが国首脳陣が到達した叡智であり、9条こそ、1条と並んで、押しつけ憲法と揶揄される日本国憲法の裡においてなお、われら日本人の断固たる意思が燦然と輝く条項なのである。従って、「われこそは日本の愛国者である」と自負する者こそ、9条に誇りを持たねばならない。

 さて、事程左様に9条は連合国による押しつけの結果ではなく、日本人の手によるものであることが明らかとなった。それでは、我々日本人が、日本国憲法制憲によって連合国によって押し付けられたものとはいったい何であろうか。

 それは、「国民主権」と「基本的人権の尊重」である。周知のとおり、大日本帝国憲法においては、「天皇は国の元首にして統治権を総攬しこの憲法の条項によりこれを行う(現代仮名遣い:著者)」とされ天皇主権が採られていた。しかし、この天皇への権力の一極集中が戦前・戦中の日本の帝国主義の加速を後押ししたと思慮する連合国は、当初天皇制を廃止し、民主化の一環として日本を共和制へと移行することを強く企図していた。しかし、この目論見が日本側首脳の尽力によって一部挫かれたことは先に述べたとおりである。そして、わが国は象徴天皇制という形で天皇制を存続させるとともに、国民主権の採用によって民主化の道を歩むといういわば折衷案を選択するに至った。

 その是非は、立場により区々であろうが、しかし、この体制の下で、戦後70年を超える期間、少なくとも表向きには外国と一切軍事的に事を構えることなく平和を維持し得たことは一定の評価に値すると言って差し支えなかろう。少なくとも、「国民主権許すまじ」という輿論はあまり耳にしない。すなわち、押しつけられた要素であるとはいえ、国民主権は戦後のわが国において大凡広く国民に受け入れら、また戦後の民主主義の発展に少なからず寄与してきたのである。

 もう一つ、連合国によって押し付けられたものが「基本的人権の尊重」である。大日本帝国憲法下でも、第二章 臣民の権利義務において、国民(当時は公地公民のため、「天皇の民」という意味で臣民と称された)の権利は認められていたが、そのほぼすべてに「法律の範囲内において(現代仮名遣い:著者)」という法律の留保が付されていた。つまり、旧憲法下では、元首たる天皇の慈愛と恩情をもって、天皇が裁可する法律の範囲内においては人権を保障するという立場が貫かれていたのである。これが、日本国憲法下では、欧米では既に当然と看做されていた天賦人権論が容れられ、公共の福祉による制限を除くほかは原則として侵すことのできない永久の権利として人権の保障が約束されるに至った。

 ところで、わが日本国憲法も採用する天賦人権論であるが、これがフェイク(建前)であることは、法学や政治学を学んだことがある者であればだれもが知るところである。蓋し、人間に天賦の人権が真にあるか否かは、実のところ証明不能であるし、客観的根拠はどこにもない。しかし、特に中世における王権神授説に基づく絶対王政の下、極めて理不尽かつ不合理な他律的判断によって、生命や身体の自由という人間の本性的価値が棄損され軽視された悪しき歴史に対する真摯な反省から、本質的に生きることを運命づけられた人間存在には、生まれながらにして自律的に生きる権利が備わっているという発想が生まれたのである。これが天賦人権論の起源であり、誰もがこの発想に立脚して相互の人間性を尊重しあう限り、人は自由で自律的な生を謳歌できるのであり、もはや中世におけるような暗黒の他律的支配を再び強いられることは決してなかろうという人の意思の産物なのである。

 従って、「天賦人権論等というのは所詮建前に過ぎず、人間集団の社会的秩序の維持の為には積極的な人権制限もやむを得ない場合があり得る」という主張は、半面的には正鵠を射た言説ではある。しかし、建前とは実現すべき当為の表明であり、現実の状況が目指す当為の水準に及ばないから目標の側を現実の水準まで引き下げようというのは、入試問題が自分の実力に比して難しすぎるから、問題の水準を自分の実力に見合うところまで下げてくれと要求するようなもので、とても理性的な発想と言えるものではない。目指すべき当為を掲げたのなら、その水準に達することができるよう最善の努力を為すというのが、本質的に正しい在り方であり、この視点を欠いたまま前進・向上すること等は到底不可能である。

 さて、日本国憲法の三大原理と称される「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」のうち、「平和主義」は皇統の維持と引き換えるべく日本の側で提案した自律的な要素であり、残る「国民主権」と「基本的人権の尊重」が連合国によって他律的に押し付けられた要素であることが明らかになった。

 ならば、押しつけ憲法論者と呼ばれる立場が「押し付けられたもの」として忌避する内容というのは、実は「平和主義:9条」ではなく「国民主権」と「基本的人権の尊重」であるということになる。しかし、果たして彼らは本当にこれらの要素の覆滅を企図しているのであろうか。極めて残念ながら、その通りなのである。

 今、改憲を頻りに唱えている者らの首魁が、執政長官であることを思い出してほしい。執政長官とは、ロック型の三権分立をとるわが国において、もっとも真摯に憲法の制限に服すべき立場の執行権の長である。その地位にある者が、何故に改憲を力説するのか。それは、現在その身にかせられている憲法の戒めを弛緩し、自らがより強固な権力を振るえる地盤を築きたいからに他ならない。国民の利益の為に国家は存在するのだという社会契約説に基づく近代的国家観に立脚していれば、国民主権と基本的人権の尊重に基づいてその要請を十全に満たしているわが日本国憲法を改憲する必要など微塵も感じないはずである。

 にもかかわらず、安全保障環境の動揺や多発する自然災害に対する備えの必要性に仮託して、殊更に執行権力を強化し、国民の義務を増す方向に憲法の在り方を変えようと主張する裏側には、「国民のための国家」という枠組みを「国家のための国民」という枠組みに逆転しようと目論む邪な野心の現れであることを看破しなければならない。実質的法治主義の下、かくも強力に執政権力(行政権)が抑制されるのは、強大な執政権の暴走が如何に悲惨な結末を齎すかを我々が歴史を通して確知した故である。何事にも意味がある。憲法の改正の発議権が国権の最高機関たる国会に専属し、最終的な判断の全てが主権者たる国民に委ねられているのは、暴走した執政権力が憲法をわたくしし、自らの野心の赴くままに国家運営を掌握することを戒め、先の大戦の愚を二度と繰り返さないための措置であることを、主権者たる我々は常に顧みるべきであり、決して忘れてはならない。

 執政権力の邪な目論見は、今次公表された緊急事態条項の与党案に如実に現れている。実質的法治国家においては、法律による行政の原理は徹底され、立法権と執政権は議院内閣制によって一定の牽連関係を有することがあるにしても、法律は立法権によって制定され、執政権は立法過程から切離されて法律の執行のみに従事するというのが大原則である。そして、無論、立法権が制定する法律も、その法律に基づく執政権の行政活動のいずれも、憲法の趣旨を形式的にも実質的にも逸脱することはできず、厳にその範囲内にとどまっていなければならないのである。

 そうであるにも関わらず、緊急事態において、執政権力が一時的に立法権を代替し、事前はもとより事後の国会承認を経ることさえなく、閣議決定した政令をもって国民と国家を規律するなどというのは、日本国憲法をというよりむしろ、近代以降脈々と発展的に受け継がれてきた近現代的立憲主義一般に対する深刻な裏切りであり、前近代的野蛮国の執政権力が為す蛮行であると断じて大過ない。そして、そうした愚かな執政権力の暴走によって窮するのは常に国家ではなく我々個別具体的な国民とその生活である。

 今、我々は、押しつけ憲法論に依拠して改憲を訴える者の真の狙いが、「国民主権」と「基本的人権の尊重」の修正にあることに気付かなければならない。彼らは、国民の権利を制限し、執政権へと権力を集中する体制を目指している。端的に言えば、内閣総理大臣を頂点とする大日本帝国憲法体制への回帰である。本来であれば、この動きに対し、執行権と相互牽連関係を成す他の二権、すなわち立法権と司法権からも危惧の声が上がるべきである。しかし、悲しいかな、国会は今や執行権の判断に正統性を付与するだけの輔弼機関に堕し、抽象的違憲審査権を有しないわが司法権はこの暴挙を前に口をつぐむことしかできない。

 ならば、誰がこの執行権の暴走を抑止し得るのか。事ここに至っては、主権者たるわれら国民の輿論を糾合するより他に術はない。国民主権と基本的人権の尊重は、自由・平等・公正という普遍的に実現すべき人類史的な本質的価値にとって欠くことのできない核心的要素である。これを失えば、最悪、中世の暗黒時代へと逆戻りである。「二重の自然の制約に服する限り、安寧が保障されていた中世は、近現代において語られるほど暗黒ではなかった」などというのは気休めである。人々の人生は権力によって他律的に支配され、自律的な自己決定など望むべくもない、自由はなく平等は幻想で、国民は詰まるところ国力の一構成要素としてしか看做されなかった時代への回帰を望むのか、それとも、自己決定と公正が尊重され、誰もが人間らしい生を全うできる社会を見据えて前進を続けていくのか、我々は今、当に戦後最大の岐路に立たされている。

 最終的にそれを決める権能は、幸運にも今なお主権者たる我々の手の裡にある。賢者たるか、愚者たるか、我々が自らの意思でそれを選ばなければならない。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。