改憲議論4 自主憲法制定説(押し付け憲法論) 前編

憲法概論
11 /19 2019
 「現在の日本国憲法は、戦後占領下において外国勢力の主導によりつくられたものであるから、日本人の手による自主憲法が必要である」とする自主憲法制定説ないし押し付け憲法論は、改憲議論の中で大きな存在感を示すものである。日本国憲法がGHQの占領統治下において、ダグラス・マッカーサーの意向を強く受けて制憲されたことは余談ない史実であり、かつ、形式的には旧憲法である大日本帝国憲法の改憲という体をとるものの、その過程において主権者の交代(天皇主権から国民主権)という核心的変更がなされている以上、やはりこれは改憲ではなく、外国の意を汲んだ制憲であると評するのが妥当である。

 その意味で、「日本国憲法は外国からの押し付け憲法である」とする主張は正鵠を射ていると言えよう。しかし、この主張については、「我々は、誰によって、何を押し付けられたのか」という問いに基づく精査がなされる必要がある。すなわち、制憲の主体と内容を考えねばならないということである。
 ところで、この問いを発する時、多くの場合帰ってくるのは「アメリカによって平和憲法が押し付けられた」という答えであろう。しかし、この理解は本当に正しいのであろうか?そもそも、第一に、我々に日本国憲法を押し付けたアメリカとは何者であったのか、第二に、彼らが我らに押し付けたのは平和主義なのであろうか?問をこのように再構築する時、それらについて正しく答えるためには、第二次世界大戦終結直後の歴史的背景を含めて理解する必要がある。

1 日本国憲法制憲を主導したアメリカとは何者であったのか

 まず初めに、「なぜアメリカが戦後のわが国の憲法の制憲に深く関与したのか」、この点を考察せねばなるまい。そもそも、わが国にとっての第二次世界大戦とは如何なるものであったのか。かの大戦において、わが国は、ドイツ、イタリアとともに枢軸国と呼ばれる同盟関係を取り結んで、アメリカ、イギリス、フランスを中心とする連合国と対峙したことは誰もが知るところであるが、このほかにも、わが国は中国及び旧ソ連とも対立関係に立っていた(旧ソ連とは厳密には中立関係であったが、周知のとおり、終戦間際に旧ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して旧日本軍の実効支配地に侵攻した)。時系列で整理すれば、わが国は当初は中国と戦争状態に入り(日中戦争)、後にアメリカと交戦をはじめ(太平洋戦争)、最後は旧ソ連とも衝突したことになる。この対中、対米、対ソ連という構造全体がわが国にとっての第二次世界大戦の全容である。

 しかしそうであるとすれば、なぜ中国、アメリカ、旧ソ連のうち、アメリカが戦後のわが国について主導権を握ったのであろうか。可能性としては、中国、旧ソ連の主導による戦後日本の統治ということも理論的にはあり得たはずである。これに対する一つの答えは、「日本の降伏を引き出すに際し最も大きな影響力を行使したのがアメリカ(による原子爆弾の投下)であったから」ということが挙げられよう。確かに、日中戦争により日本の侵攻を深く許し、内部的にも、後の中華人民共和国と中華民国の対立を抱えていた中国に、日本の戦後処理を負うだけの力が十分になかったことは明らかである。しかし、アメリカの二度の核攻撃と同様に、戦争末期の日本にとっての決定的打撃となった満州侵攻を行った旧ソ連は、戦後世界をアメリカと二分する力を有していた。にもかかわらず戦後日本に進駐したのはアメリカであった。なぜか。

 端的に答えるならば、日本の戦後処理をアメリカが担当することが米ソの間で事前に取り決められていたから、ということになる。しかし、この辺りの経緯については歴史の教科書に説明を譲ることにし、本稿では、連合国対枢軸国という対立構造を呈してなされた第二次正解大戦の(日本の)戦後処理が、なぜアメリカという国によって行われたのか、そもそも、そのアメリカとは、何者であったのかという点に焦点を当てたいと思う。

 さて、連合国を英語表記すると The United Nations である。賢明な読者諸氏はこれを見て悟られるであろう。そう、連合国とは現在の国連 The United Nations と同名なのである。第二次世界大戦より前、第一次世界大戦の真摯な反省から、世界規模での大戦を抑止する目的で国際連盟が結成されたことは周知のとおりであるが、違反国家に対する武力制裁措置規定を欠いていた国際連盟は、ついに第二次世界大戦の勃発を抑止できなかった。しかし、その精神は、第二次世界大戦後も受け継がれ、戦勝国群である「連合国」を中核に据えて、国際連合として再出発を図ることとなった。すなわち、現在の国際連合と、かつて日本の敵国であった連合国は本質的に同一なのである。事実、国連軍と共に働く米軍の従事者に「あなたは国連のために働いているのか、それとも米国のために働いているのか:Which do you work for the U.N. or U.S.?」と問うと、「どちらも同じだ:Both are the same.」という答えが返ってくる。

 戦後のわが国で、国際連合を(英語名は同じであるにもかかわらず)連合国と呼ばないのは、かつての敵国の傘下に下ることをよしとしない風潮があったことによる。実際、かつて大日本帝国の事実上の一部であって、大日本帝国と同じ価値観(即ち、連合国を敵国と見做す状況)の下におかれていた韓国・朝鮮では、わが国同様、連合国を国際連合と呼ぶ。

 すなわち、アメリカとは連合国、つまり世界の平和と安全に責任を負う「国際連合」の一部なのであり、戦後わが国に進駐してきたのは、アメリカ合衆国という一国民国家ではなく、戦後処理のため派遣された国際連合の代表としてのアメリカなのである。このことは、実際に日本に進駐したGHQは「連合国軍最高司令官総司令部」であって、「アメリカ合衆国軍総司令部」ではなかったことからしても明らかである。戦後の日米関係を語る際には、常にこの枠組みを念頭に置いておかなければならない。つまり、GHQの主導で制憲された日本国憲法とは、アメリカの一国の意思によって制憲された憲法ではなく、戦後の世界平和について責任を負う国際連合の総意によって制憲された憲法を意味することになるわけである。

 ところで、自主憲法制定説を唱える者の意見を聞いていると、時に「憲法の意味や解釈については、実質的な制憲者であるアメリカに聞いてみればよい」というような言説に行き当たることがある。なるほど、そのものの意味はその制作者に聞くのが手っ取り早いというのはもっともなことである。それでは、戦後における実質的な制憲者、すなわち国際連合の意思とは如何なるものであったのか。

 既知の通り、人類の歴史は戦争の歴史である。我々は先史の時代から数多の争いを繰り返し、歴史を紡いできた。そしてついに、破壊の点においては凡そ神の水準にまでに至り、しかもその驚異的な暴力はかの第二次世界大戦において、ついに人類の手によって同じ人類の上に行使され、戦争はもはや紛争解決の手段であるのを超えて、人類の滅亡への契機にすらなり得る段階にあることを白日の下に晒して見せた。核の脅威である。それ故に、戦勝国群たる連合国は、国際連盟の欠缺を補充・修正して、より強固な国際機関を構築し、以後二度と世界大戦を惹起することのない新しい国際秩序を実現しようと企図して、国際連合を結成したのである。

 つまり、戦後の国際社会、すなわち国際連合の意思とは「その強大さのゆえにもはや用いることが出来なくなった戦争という手段に拠ることなく国際平和を維持し得る全く新しい世界秩序を構築すること」にあったのであり、同時に国際連合(=連合国)が、世界人類に対してその責務を負うこととなったのである。

 確かに、戦後処理のために日本に進駐してきたのはアメリカという国民国家である。しかし、その立場は、アメリカという一国家を代表するものではなく、世界平和への責任を負う国際連連合の代表としてのアメリカであったのだ。従って、日本国憲法は、近視眼的には、アメリカの主導によるものに見えるけれども、巨視的には国際連合を中核とする国際平和実現に向かう世界的意思の主導で制憲されたものなのである。

 日本国憲法が「誰の意思によって作られたか」を語る時には、決してこの視点を漏らしてはならない。「日本はアメリカの第51州だ」とか「日本は未だ外国軍隊の駐留を許す非独立国で、アメリカからの独立を勝ち取らなければならない」などと言うのは全く浅薄な妄言である。現在のわが国は、崇高で尊重に値する国際社会の意思に基づいて制定された憲法の下にある。確かに、世界それ自体が、冷戦やテロとの戦いという紆余曲折を経て、戦後直後に敷かれたレールの上に完全にあるのでないことは認めなければならない。しかし、現実がどうあれ、掲げられた理想と目指すべき終着点それ自体は揺らぐことのない価値を有するものであることもまた確かである。

 日本国憲法の改憲が議論される際には、わが国の事情だけに囚われた議論ではなく、国際平面におけるわが国の在り方をも含めた視野で議論がなされなければならない。〈続く〉
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。