自由と平等の弁証法的理解

所感雑感
08 /16 2019
 私的領域と公的領域を如何に線引きすれば自由と平等は両立するのか。自由は私的領域と親和性があり、平等は公的領域と親和性がある。蓋し、自由とは個人の選択の問題であり、平等はその選択の機会及び結果が社会において如何に顕現するかの問題である。その意味で両社は対概念、ないしは定立、反定立にあると考えることができる。そして私は、両者が止揚するとき、公正な幸福の実現が齎されると考える。

 経験は人生の特に節目において大きな影響を及ぼすが、常に人をより善い選択へと導く保障はない。人間存在は自己に属する自由を自律的に統御し、より善くあろうという意思を絶え間なく持ち続けることによってはじめて、自己の望むままに幸福を追求することができる。しかし、人間社会においては、しばしば自由は相互に対立・衝突する。そのため自由を制限して平等に享受する仕組みが要請される。

 各人が自己の能力に適応した自由を、平等に享受することではじめて個々人が生来的に備える可能性の翼を思うままに広げることができるのである。すなわち、自由をより善き方向へと引き絞る(これを私は自由率と呼ぶ)とき、幸福への道は開かれるのである。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。