社会契約の本質について-誰と誰の契約であるのか-

憲法概論
08 /10 2019
 国家が先か、人民が先かは、鶏と卵の関係に等しい。

 確かに、誰が国民であるかを確定し、人権を賦与(人権は自然的に賦与されると擬制されているが実際は憲法によってはじめて輪郭を与えられる)・保障する政府がいなければ、国民は人権を手にできない。その一方で、そもそも国民が存在しないのであれば、政府を構築する意味を失う。人々の間で行われる水平的な自然的人権の互譲を垂直方向に転換したもの、それこそが社会契約ということになるである。

 すなわち、社会契約は、国民と国家との間に締結される垂直的契約であると同時に、社会において国民間で締結される水平的契約としての側面も持つというのがその本質である。そして、その水平的契約の中には、相手の人権の毀損を回避すべく一定程度相互に抑制し合うべきという原理が包含される。蓋し、社会契約を国民と国家の関係のみで把捉しようとすると、なぜ国民相互間において人権の抑制と互譲が要請されるのか、その意味が曖昧となってしまうのだ。

 従って、社会契約は国民と国家という垂直的関係と、国民相互間という水平的関係との2軸で捉えられるべき概念である。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。