世界政府の必要性

国際法
08 /08 2019
 大量に生産し、大量に消費することが本当に幸福な状態であるといえるのか。誰もが思うままに大量消費できるようになれるとして、それで本当に「幸福な」平等が実現されたといえるのか。考える余地はまだある。持続可能な社会を実現するという概念と、資源および富の平等な再配分または再分配という概念は、地球資源の有限性を考慮に入れた途端、たちまち問題性を先鋭化させる。
 地球上のすべての人々の生活水準が先進国並みに向上したとすれば、おそらく地球資源の方が先に枯渇してしまうであろうからだ。さりとて、水や食料等の生存に絶対不可欠な資源は無条件な平等配分が当然に要求されるし、化石燃料や電力等の付加的資源についてもまた可能な限りその配分を平滑化する努力を怠るならば、平等の実現は決してありえない。特に、後者の付加的資源については、持てる者は常に潤沢に持ち続け、持たざる者はいつまでも持たざるままで状況が固定化される傾向にあるが、これは速やかに改善されなければならない課題である。

 その施策として有効なのは、絶対に「戦争」やそれに類する無駄な破壊行為を止め、いかなる場合でも地球的規模における交易の安全が保障されるとともに、各地域の地域的特性による分業は止むを得ないとしても、その創出する付加価値の多寡とは異なる基準において富の再分配を為し得る国際社会的構造の構築であろうと観念する。

 仮に、人間存在の生損に絶対不可欠な資源の配分保障と、創出する付加価値の多寡に拠らない富の再分配の構造が実現すれば、人類は間違いなく現代と呼ばれる時代の次の段階に昇華することが叶うであろう。その為にも、国際社会全体の利益を目的として国際平面全体を統御し得る機構を、主権国家の平等性、独立性、最高性を超越して据え置かねばならないであろう。そしてそれが、民主的な意思決定過程を経て構成される世界政府の樹立であることはいうまでもない。

 即ち、今必要なのは、全世界的利益と持続可能性を至上価値として、その実現の為に機能する国際機構の構築である。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。