公共インフラの使用量に応じた実質的平等の実現

所感雑感
08 /05 2019
 公共の社会資源や生活インフラは、国民の労働とそれが生み出す付加価値に基づいて算出され支払われる税金によって整備され、維持管理されるものである。これらの資源やインフラの利用可能性は本来平等であるべきであるが、行為主体の活動規模の大小によってその使用量や頻度が区々である方がむしろ通常である。即ち、活動規模の大きな主体(大企業等)はより多くの資源を利用し、活動範囲が小さく制限的な個人の消費量は自ずから小さく抑えられる。
 このように行為主体の規模の大小によって、公共財の利用可能性の大小に差があることはある意味自然なことであるが、しかし、これは資源等の利用可能性という観点からすれば不平等であり、是正されるべき問題である。これを解決するものとしては、経済活動規模が大きく、公共財をより多く使用し消費する行為主体には、その整備、維持、管理の点で大きな負担を課し、経済規模が小さく公共財の使用量や消費量が少ない行為主体の負担は相応に軽減するような社会政策が望まれよう。あるいは、大消費者から公共財使用の代償を徴収して、小消費者にそれを分配するで実質的な平等を実現する方法も考えられる。

 機会の平等(形式的平等)に留まらず、実質的平等をも実現するためには、累進課税に基づく徴税とその税収の再分配が最も適切な手段である。多くを消費し、多くを得る者からは多くの税を、消費量が小さく僅かしか得ない者からは少ない税を徴収するというその理念の徹底こそ最優先に着手すべき社会的課題であると思料する。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。