出生地と貧富に係る考察

所感雑感
08 /03 2019
 日本や欧米諸国で出生したからより多くの富の分配に与り、アフリカや中南米諸国に出生したために逃れ得ない貧困に囚われるという事実を是認する必然性は全くない。出生した時代における歴史的発展具合の影響については致し方ない面があるが、出生した場所という本人の意思では如何ともし難い要素によって不平等を強いられるのはこれ当に不公正である。
 人は、どこに、どのような人種で、如何なる道徳的・宗教的価値観を備える社会に生まれ出ようとも、自律的に自己決定を為し、思うままに自己実現を果たし、幸福を追求する権利を自然的に有している。従って、一国家においてはもとより、国際平面においても、グローバリズムと結合した新自由主義により拡大した格差は是正されるべきであり、すべての生きとし生ける人々に自由が保障され、実質的平等が実現することが必要である。

 人類は二度の世界大戦を経て、開くべき扉をこそ探し当てたが、その扉の鍵は未だ隠されたままである。個人の多様性を理解し受容すると同時に純化と分断に陥ることなく人類として同胞観を共有すること、それこそが目指す扉であり、これらの対立要素を止揚するものこそ探し求めるべき鍵である。

 自由と平等、競争と公正な分配、これらを結合(止揚)する概念が見つかれば、我等人々は現代の次の時代へと進み行くことができるであろう。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。