立憲主義

憲法概論
01 /19 2019
 今回は立憲主義について取り扱おうと思います。

 立憲主義といえば、よく国会討論などの場で、野党は「立憲主義は権力を縛るものだ」と語気を強め、それに対して与党は「立憲主義の意味がそれだけでないのは先生(野党議員)もご存知でしょう…」と応じるのみで、そのまま両者の主張は延々と平行線をたどり、議論が有意義にかみ合うことなく時間だけが消尽され、その時間経過の事実のみをもって議論は尽くされたとしてうやむやに数の力で意思決定がされるという、現在の日本の議会制民主主義の陳腐化と堕落の様相を主権者たる国民にお披露目して終わりというなんともやるせない論点です。
 立憲主義とは、文字通り、国家の設営と運営に際して憲法を立てる、すなわち、国家設立の礎となるとともに、国政運営上の拠り所として憲法を用いるという主義=考え方のことをいいます。国家の設営と運営にはかならずそれを担当する国家権力のあり方を策定することが必要となりますが、本来立憲主義が要請するのは、「当該権力の構成と運営の仕組みについてそれを憲法において定めること」であり、それ以上のことを求めるものではありません。従って、立憲的国家と呼ばれるためには、当該国家が憲法を持ち(成文・不文であるかは問わない)、その定めに従って国家権力が構成され、運用されていればよいのです。そのため、俺様の、俺様による、俺様のための国家を憲法に基づいて作り上げることもできます。すなわち、「俺様は国権の総てを掌握するのみならず軍隊の編成権と統帥権も有し、土地と人民はすべて俺様のものとして支配するが、しかし俺様は慈愛に満ちた存在なので、俺様が許容しても良いと思う範囲内では、俺様の人民にも、俺様の定める法律において人権を保障してやらないでもない」という、個人の尊重や人間らしい生き方の保障はおろか、自由や平等といった根本的な人権の保障さえ歯牙にもかけない不埒極まりない国家であっても、そのような権力構造をもつ国家を作るのだということが記された憲法を有していれば、その国家は立派な立憲国家なのです。従って、与党の言う、「憲法によって権力を縛ることだけが立憲主義の意味ではない」という主張はまったくその通りであると言えます。

 では、野党の言う、あるいは中学校の公民の教科書等に記載されている「立憲主義とは憲法によって国家権力を縛り、もって国民の自由を保障するという考え方である」という概念はどこからもたらされたのでしょうか?また、なぜ現代に生きる多くの人々が、立憲主義といえばこの意味で理解するのでしょうか?さらには、与党の言う立憲主義と野党や教科書の言う立憲主義のいずれが、本当にただしい立憲主義の概念ということになるのでしょうか?

 まず、与党のいう、「国家の設営と運営について憲法を立てるのという考え方が立憲主義であり、そこで構築される国家権力の目的にはあらゆる可能性があって、一定の方向性を義務付けられるものではない」という意味の立憲主義を「古典的立憲主義」といいます。また、古典的意味の立憲主義が依拠する憲法を「固有の意味の憲法」といいます。確かに、立憲主義の原初はそれであり、立憲主義が古典的立憲主義の側面を今なお有していると主張することは間違いではありません。

 実は、古典的立憲主義に、権力抑制の側面が付加されたのは、法的理論の成熟の結果というよりはむしろ、歴史的な経緯の所産なのです。
 
 かつて、中世においては、世俗権力を凌駕する宗教権力の権威に依拠して導かれた王権神授説により絶対王政が敷かれ、世俗権力もまたあらゆる主権を総覧していました。そこでは、不合理で恣意的な搾取と専断的な支配と抑圧が常態化し、ある種宗教的な慈悲がかろうじて施された他は、人権などおよそ顧みられることのない状況がヨーロッパを中心に広く展開されていたことは、既に歴史が明らかにしているところであり、その宗教的な慈悲さえ、免罪符に代表される宗教権力の腐敗によって、人々の救済とは程遠い存在となっていたこともまた、多くの人々が知るところです。

 しかし、この時代にあって、「国王といえども、神と法の下にある」というかの有名な言葉の下、「この世界には、人知を超えて自然的(=人間がどう考えるかには全く左右されず自存的)に存在する価値(=いわゆる高次法)が確かに存在し、絶対の権力(および当該権力により制定された法律・命令)であろうとも、当該価値から導き出される規範(=法:law)には服すべきである」とする考え方が生まれました。すなわち、人々はこの時代に至って、高次法の存在を前提に、権力もまた一定の制限に服すべきであることをその担い手(=国王)に約束させるということを始めたのであり、これが中世の帳を破って近代を展望する先駆けとなりました。そして、権力が服すべき高次法の内容を約束(=契約)の形式で表すことに点に着目して、人々はそれに「憲法:Constitution」の名を与えたのでした。これが、中世から近代へと変遷する段階で、認識された憲法観です。こうすることで、人々は、公権力による私的領域への不当かつ恣意的な侵害と介入を退けるための端緒を掴むことに成功したのでした。

 このように、古くからその存在を知られていた憲法は、中世から近代への変遷期にかけて、権力の抑制という新しい機能が付与されたのであり、これは優れて歴史的な経緯です。そして、このとき付与された権力の抑制という憲法の新機能の目的が、公権力の腐敗と暴走を抑制することを通して、人々の私的領域を保護することにあったことは疑いないことです。更に時代が進むにつれて、高次法の内容は、ホッブズ、ロック、マンデヴィル、ルソー、アダム・スミス、モンテスキュー等の社会思想家による探求と整理を経て次第に形が与えられ、自由(自律)・平等という近代的諸価値(=基本的人権)として具現化していくことになります。そして、当該諸価値が公権力による不当介入によって侵害されないことを保障するために、憲法は権力を抑制する機能を有するべきであるという考え方が成長し、やがてそのような権力抑制機能をもつ憲法を「立憲的意味の憲法」と呼ぶようになったのです。加えて、カントやヘーゲルらが、こうした考え方の正しさについて形而上学的あるいは法哲学的な裏付けを提供してきたことによって、中世的な権力集中の態様は否定される一方、権力の分立と抑制による近代的価値(=基本的人権)の保障が是認され、それとともに、その保障をなすべきことが国家の第一義的な役割であり、権力はそのために構成され、最大限の配慮を成すために行使されるべきという近代的な立憲主義の枠組みが確立したのです。

 このように、近代立憲主義は、中世から近代へと至る過程において、憲法に権力抑制という新機能が付加されたことによって誕生した概念であり、古典的立憲主義とは出自を同じくしその延長上にあるとはいえども、その本質においてはいわゆるコペルニクス的転回を経ており、従前のものと全く同質のものではないのです。つまり、古典的立憲主義と近代的立憲主義を同じ立憲主義に関する議論であるとして、同列に論じることはもはやおよそ不可能です。

 では、与党議員の主張と、野党議員の主張と、そのいずれが的を射た議論といえるのでしょうか。結論から申し述べるならば、これは野党議員の主張に軍配が上がるということになるでしょう。これには大きく二つ理由があります。

 第一の理由は、上述した憲法史が人類史上の発展の経緯であるということです。遠い未来、もしかすると、この時期に発見された近代的諸価値とそれを保障するために権力は抑制されるべきという考え方は実は誤りであったという評価を歴史的に下される時代が到来するかもしれません。しかしながら、人類が近代に足を踏み入れてから現代にいたるまでおよそ300年余り、近代的立憲主義による権力の抑制と人権の保障という発想は、人類の幸福追求において概ね友好的に作用してきました。少なくとも、中世以前の、理不尽な支配・被支配と搾取・被搾取の関係からは(新しい形でそれに類似した状況がなお残存しているとはいえ)、大きく解放され、現代においては自由・平等のみならず、個人の尊重、人間らしく生きる権利、多様性の受容による人類の融和という新しい価値もまた見出されてきました。つまり、古典的立憲主義が新しい立憲主義(=近代的立憲主義)に移行したことは、少なくとも現時点では人類史上の確かな前進であり、それを明らかに否定する根拠は見つかっていません。端的に言えば、新しい立憲主義の登場は歴史上の進歩であり、その真価と有用性は世界の人々の大部分において普遍的に好意的な評価をもって受け入れられています。ですから、ただ理論的な妥当性は失われていないという一事をもって古典的立憲主義の可能性を説いてみることは、近代的立憲主義の背景にある歴史性を全く顧慮していない点で致命的であり、説得力を大きく欠くと断じざるを得ません。なぜ、なんのために近代的立憲主義の概念が誕生し、それが近代以降人権をめぐる議論において如何なる役割を果たしたかを考えもせずに、憲法を議論をしようとすることは、あえて言えば滑稽でさえあります。なお古典的立憲主義の優位性を説くのであれば、近代に対する中世およびそれ以前の時代の優位性を理論的に説明して見せるべきでしょう。実は、既に多くの方がお気づきだと思いますが、前述した「俺様の、俺様による、俺様のための憲法」としたのは大日本帝国憲法のことです。公地公民を基礎に、国民もまた究極的には国力の構成要素の一部としてしてしか見ていなかったかの憲法の下、絶大な権力が判断を誤った結果、国民と国家に筆舌に尽くしがたい惨劇をもたらしたことは、もはや覆しようのない歴史上の事実です。大日本帝国憲法は、まさに古典的立憲主義に基づき、天皇に権力のすべてを集中させて国民(当時の言葉でいえば臣民)を顧慮することなく、国家の繁栄のみを第一に据えてあらゆる犠牲を払ってでも強国大日本帝国が世界に覇を唱えることを一心不乱に目指した憲法でした。今、日本の古くからの道徳を尊び、天皇を元首に据えて(明示的に記されているか否かは格別、日本国憲法上も天皇は元首ですが)、古典的立憲主義に立脚して国家のあり方を定めるのを善しとして改憲を企図することは、まさに戦前の体制への回帰を意味しており、果たして今、その選択をなすことが戦中ただ一心にわが国の存続と残されたものの平安を案じ願ってその身を犠牲に捧げられた数多の方々のまごころを本当に慰め、それに応えることになるのかについて、その犠牲の上に今という時を享受するわれわれは、真摯に問い直すべきであると考えます。かの惨劇を繰り返しかねない国造りを、今を生きる我々がまたしても選択することを、英霊と呼ばれて眠る方々が本当に願っておられたのかどうか、それに思いを馳せねばなりません。

 第二に、それに対する好嫌の感情は格別、わが日本国憲法は現代的憲法であり、国の当為(あるべき姿)として、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という三大原則を確実に保障することを国家(=国家権力)の義務として要請しています。また、三権分立により権力を抑制するとともに、国民の幸福追求について国政上最大限の配慮を有するものと規定しております(13条)から、まさに、憲法を介して、権力と国民は、権力が国民の人権を保障するために構築され運用されるべきであることを約束しているのです。ことほど左様であるならば、日本国憲法上の国家の最大の責務は、新しい立憲主義に基づく人権の保障です。にもかかわらず、それを求める野党に対して、「立憲主義には権力抑制以外の機能もあり得る」と主張してみることは、日本国憲法の要請の実現に真摯に注力すべき義務を負う国家権力の成員が、「権力の都合で人権を抑圧し制限し得ることもまた国家権力の選択肢としてはあり得る」という不埒千万な考えを抱いていると自ら暴露しているようなもので、日本国憲法上、到底許されるべき発言ではなく、そのようなわが憲法上の当為に反する思想を持つものは、権力者の地位を即刻主権者たる国民に返上すべきであると言うべきです。なぜなら、憲法の是非を語る資格を持つのは主権者たる国民のみであり、正統な民主的政治過程を経て権力を付与されたものは、少なくとも現時点で主権者たる国民が善しとする日本国憲法の要請を実現することこそが責務だからです。こうした物言いをする者の言葉に煽動されて、迂闊に憲法を変えてしまおうものなら、国家(権力)にとって夢と希望の溢れる新憲法の下で、国民の自由と権利が蹂躙の憂き目に会うという事態に必ずや陥ることでしょう。また、このような野心を抱く者に限って、憲法改正議論にあたって、「思考停止的に頑なに護憲を唱えるならば、憲法残って国滅ぶだろう」などという妄言を口にしがちです。これについては、「国民を犠牲にして国を生かしたところで、そこに何が残るのか?」と逆に問うてみたいところです。

 もし、仮に主権者たる国民の人権の保障をより万全にし、個人の尊重と幸福の追求の可能性をより拡大するためには、新しい立憲主義に基づくよりも、古典的立憲主義による国造りの方がより効果的であるとか、あるいは、国民は国家のために存するのだという本質的な構造転換を目論みたいと本当に考えるのであれば、それをまず国民に問い、当該考え方に基づく憲法改正を目指すことの是非を問う総選挙を経たうえで、そこで選出された代議員によって憲法改正案を作成して憲法改正の発議をなし、国民の判断を仰ぐという手順を踏むべきです。元来、国家権力は、立法権・行政権・司法権のいずれも、憲法を尊重擁護する義務が課せられており、これらに属するものから、憲法改正の議論が始まるなどということは許されるべき事柄ではありません。憲法の是非を語り得る権能を唯一有する国民から改正の声が上がり、それを受けて代議員が選出され、それら議員によってされた改正の発議に、国民が審判を下すというのが唯一のあるべき道筋です。これを忘れて、権力が自らの都合と野心のために、国民に改正を呼びかけるという現状こそが忌むべき異常事態であり、早急に改善されるべきであるということを心に留めおいていただきたいと思います。繰り返しになりますが、憲法の是非を論じ、必要に応じてそれを改める権能を有するのは主権者たる国民のみであって、日本国憲法によって設営され運営される各種権力は、すべて憲法を尊重擁護する義務をことごとく負っており、憲法の是非を語る資格を憲法上持たないのです。

 憲法はひとつの時代の象徴などという存在ではありません。それは、人類が人類史上様々の犠牲を払って発見してきた従うべき自然的な高次の規範を契約の形式で表し、国家権力の役割と仕組みの礎となるとともに、その権能について抑制的に限界を定めることによって、国家権力(父権的な性質のものを含む)の介入が及ぶ公的な領域と、たとえば精神の内心的絶対自由のような、不可侵の私的領域の境界を画定する法技術的な概念こそがまさに「立憲主義」なのです。これによって、権力の及ぶ公的領域とそれが及ばない私的領域の境界が明確になるとき、保障されるべき個人の自由(自律)の射程とその公的領域における平等性の限界が示されるとともに、公的領域において私的領域を制限する必要がある時の根拠と制限の程度に関する議論を導出し得るといえるでしょう。

 以上を取りまとめるならば、与党のいう古典的立憲主義は立憲主義を一面的に正しく捉えてはいるものの、中世から近代へ至る過程における立憲主義の発展の経緯を全く顧慮しない片面的な主張であり、他方、野党のいう近代的立憲主義は当該経緯を踏まえており、すくなくとも現在の日本国憲法の要請によく合致する見解であると結論付けることができるでしょう。しかし、更には、立憲主義を、公的領域と私的領域の境界を画定するための法技術的な概念であると捉えるならば、個の尊重と社会全体としての調和という優れて現代的な問題(=価値相対主義の不都合)に対応するための視座を与えてくれる現代的な機能を有する概念であるということもできるのです。

 立憲主義に対する理解が進み、更には、現代という時代が抱える諸課題を解決するために、立憲主義の議論が一層盛んになることを願っています。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。