今の日本の生き難さの正体

覚え書き
06 /09 2019
 他殺、自殺、拡大自殺、危険行為、詐欺、自発的失業(ひきこもり)、不登校、不適切な情報発信等々、現在の日本には対応すべき課題が山積しており、しかもこれらの諸問題は日々その件数を増し、深刻さの度合いを色濃くしているように思えてならない。第3位に転落したとはいえ、個人のGDPでいえば未だに世界第2位を堅持し、長く続いたデフレスパイラルとそれによる不況からも脱却しつつあると報じられるここ最近でさえ、我々日本人を取り巻く社会環境には改善の兆しが見えるどころか、悪化の一途を辿っているいることを示すような事件が日々生じている。一体全体、こうした好ましからざる社会現象の要因や理由は何なのであろうか?
 第一には、誤った権利義務意識の高揚と、古来から日本人を律してきた義理と恥の意識の低下が挙げられる。戦後、米国主導の下連合国側の戦後処理の一環として我が国に本格的な民主主義がもたらされ、更には社会契約に基づいて国民が国家を構築・運営するという国民主権の考え方が導入された。これらの新しい価値観は、ゆっくりと、しかし着実に根を下ろし、戦後70余年を経た今、国民主権や基本的人権の尊重に異を唱える者はほぼ一掃されたと評してよいであろう。しかし、こうした欧米由来の諸価値のその基底部にある精神までも引き継ぐことまでもはどうやら上手くいかなかったようだ。

 つまるところ、我が国はあくまでそれらの諸価値を「与えられた」のであって「自ら獲得したのではない」ということである。真に民主的であるためには、個々の主権者ひとりひとりに「民主的であろうとする意思」が不可欠であり、内心においては無制約の自由とはいえども、どこまでを自己の権利として主張し、その権利を行使するためには如何なる代償、即ち義務を果たさねばならないかという意識を持ち続ける必要がある。権利なき義務を負う必要はないし、(自発的に奉仕活動などに従事することはあるにしても、)義務の履行を伴わずに権利のみを主張することが誤りであることを欧米諸国の人々は知っている。即ち、権利と義務の関係を体得的に獲得しているわけである。ところが、その「権利と義務の意識」を「与えられた」に過ぎない我々日本人にとっては、権利は「自己が主張するもの」、義務は「他人が負担するもの」という具合に歪に継承してしまっているように思える。モンスター・ペアレントの問題やクレーマーの問題等は当にこれらの好例である。冒頭に挙げたような種々の社会的諸問題を改善に導くには、権利・義務の相関関係気付き、それは立場の違いがあるだけであって権利があるから何を主張してもよいわけではないし、義務があるから何でも受け容れなければならないわけではないことをよく理解する必要があるように思う。

 古来、我々日本人は「義理と恥」によって自らの行動を抑制してきた。利己的な主張を前面に押し出すような振る舞いは恥であり、他人の為に義理を果たすことは美徳とされた。しかし、戦後に「権利義務の意識」が浸透の程度を増していくに従って「義理と恥」の意識は次第に薄れていった。そして、恥を顧みずに権利を主張し、義理を受けても義務がなければ何も報いないという行動様式が定着したのである。

 思うに、昨今の日本における生き難さの原因はここにあるように思える。「権利義務の意識」、「義理と恥の意識」のいずれが日本人の行動様式として適切であるのかを一概にいうことはできないが、少なくとも先に指摘した態様でこれらの意識が理解されることは深刻な問題であり、このまま盲目的に突き進めば日本人の社会的紐帯は切断され、一層生き難さの増すであろう。「権利と義務」、「義理と恥」、そのいずれを重んじるにしても社会には相手(他人)が存在し、その相手と相互に妥協しながら生きていくより他ないのである。一方的な満足、一方的な我慢の関係は必ず破綻する。自分がされては嫌なこと、言われて嫌なことを他人に為したり言ったりしないこと、それこそが重要であろう。

 経験を反省に転換し、次の機会にはより善い選択ができるよう解放すべき自由の範囲と量を調整し、他者とより理想的な関係を取り結ぶということを次々と連続的に繰り返す中で、人の内面は鍛えられ、より善く仕上げられていく。今の日本人に必要なのは短絡なやり方で承認欲求を満たすことではなく、自己の内面をより善く仕上げて内的な自尊心を確立することである。

 敗戦は確かに日本人から自尊心と自信を失わせた。それはある意味で文字通り日本人の自己同一性(アイデンティティ)の崩壊であったが、それと引き換えに手に入れた諸価値は誇るべきものである。ひとりひとりが心がけるとともに、政府には個人が自分に備わった可能性の翼を大きく拡げて自己実現をより善くなし得るよう、ひとりひとりが生き易い社会の構築を目指して欲しいと切に望む次第である。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。