憲法第9条が平和を生み出すわけではない

憲法概論
05 /07 2019
 「戦後の我が国が70余年にわたって新たな戦争に巻き込まれることなく平和と安全を守ってこれたのは9条を柱とする平和憲法があってこそであるという」という論調がある。しかし、この発想は、欺罔であるとは言わないまでも一種の錯覚である。なぜなら、わが憲法の影響が及ぶ範囲はわが国一国に制限されるのであるからである。
 というのも、国際平面上の行為主体である各国家には、最高性、独立性、平等性を備えた主権を有しているのであり、わが憲法が絶対的な平和主義を謳っていようがいまいが、諸外国にとっては何ら関知すべきことではないのである。従って、戦後70余年の比較的長期にわたって平和が守られてきたのは、歴史における事実上の偶然の所産ということになる。もっとも、わが国が、かつて韓国や中国に対して露にしたような野心を政府から取り除き、その牙を削り、爪を折ったという意味に於いては、9条の果たした役割は大きいと言えるが、9条にできるのはそれが最大限であるのだということを知らなければならない。「9条がある限り平和は維持される」という発想は明らかに幻想である。

 経済・軍事の両面で力を蓄えつつ、国際連合安全保障理事会の決定による抑制の効かない中国やロシアが覇権の野心を露骨に表し始め、あまつさえ、北西方面を抑えられ、かつ最大の同盟国と太平洋で隔てられており囲まれ逃げ場のないわが国にとって、今後の安全保障のあり方をどのように備えておくべきであるのかについて真剣に考えることは極めて重要である。

 ロシアが北方四島について、中国は尖閣諸島や沖縄の周辺地域において、本気でそれらの地域を奪いにかかってくる虞は絵空事ではなくその危険は多分にある。そんな中、わが国の安全保障は、戦後最大の岐路に立たされていると言って過言でない。

 しかし、だからといって憲法9条による抑制を取り払い、わが国が行使できる実力の範囲の外延を拡張するという方向は明確に誤りである。蓋し、より危険は増し、平和と安全は一層脅かされることであろう。重要なことは、戦争に勝利すること、或いは威嚇によって武力的優位な地位を築くことではなく、危険の芽それ自体を事前に摘むことである。

 従って、やはり9条は死守されるべきであり、国連を中心とする集団安全保障の枠組みをより確実で実効性のあるものとすることに尽力しなければならない。武力の行使にも、武力による威嚇にも全く依拠することがなくても平和は維持できるのだという姿勢を内外に示すことができたとき、われらが日本に国際における名誉ある地位が与えられるものと信ずる。そのためにも、積極的に国連改革に協力しして影響力を高め、五大国(米・露・英・仏・中)といえども国際連合憲章の精神に背くことがあれば、例外なく制裁を免れえないという毅然とした姿勢のもとに新たな国連の制度設計をすべきである。

 思うに、国際平面においても、自力救済はもはや許されないという国際合意を形成して国際慣習法化することが急務であると思料する。その上で、国連総会の民主制を強化し、五大国のもつ拒否権の行使の仕方を調整して、国連総会決議に対する拒否権の濫用を抑制する仕組みを構成すべきである。或いは、五大国を、現在の米・露・英・仏・中に固定するのではなく、民主的な過程を経て、五大国を時宜に適って選出する仕組みを創出すべきであろう。少なくとも、覇権の野心を持つ国家が拒否権を握っていて自身への制裁を恣意的に回避することの出来る今の危機的状況は早急に改善・解消されなければならない。

 繰り返しになるが、9条があれば日本の平和は守られると考えることは幻想である。しかし同時に、日米同盟を強化して武力による威嚇力を高めれば日本を守れる確実性が向上すると考えることもまた大きな誤謬である。後者はむしろ日本を勢力均衡の論理に基づく挑発合戦にわが国を巻き込み、相互軍拡の機運を高めさえするものであり、安全性の向上どころかむしろ危険の自招ですらある。勢力均衡に依拠した平和は、ひとたびその均衡状態が崩壊すると、われら人類に対して想像を絶する惨状をもたらすことは2度の世界大戦が歴史的に証明している。従って、9条の価値は今なお失われてはいない。

 決して他国に対して牙をむくことはないと憲法を持って内外に宣言するわが国に対して露骨な野心を向けることは、他国の眼の光る国際平面において決して容易なことではない。国際平面においてもなお、そこで影響力を行使するためには他国の支援や支持は不可欠であり、他国から冷ややかな眼を向けられ、場合によっては制裁すら受けうる状況にある国家が国際社会における名誉ある地位など得られようはずもない。このことは皮肉にも、かつて世界的協調路線から外れて帝国主義の猛威を振るったわが国の安全保障理事会の常任理事国入りを韓国が頑強に反対した事実が証明している。戦後、韓国との間に法的にではなく、道徳的な、或いは心理的な和解が本当にできた板ならば、結果は自ずと違っていたはずである。

 わが国が国際社会において名誉ある地位、即ち具体的には国連安保理の常任理事国に就くために国際社会においてどう振る舞うことが肝要であるのか、為政者も、彼らの選択権を有する主権者たる国民もともに考えていかなければならない。
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椎央権太

日本国憲法の意味と真価を記録しておきたいと思い執筆しています。護憲的な記述が多く見えますが、不動の護憲派というわけではありません。憲法とは如何なるもので、改めるべき時宜はいつなのかということを書き残せればと思っています。